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さきたま古墳群 世界遺産サポーターの会

さきたま古墳群 世界遺産にサポーターの会からの情報を発信いたします。
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埼玉県立さきたま史跡の博物館ホームページ

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jpg画像 さきたま講座・世界遺産関連(img115.jpg) -115- さきたま講座・世界遺産関連

講 座: 世界遺産関連

日 時: 5月4日(土)13:00〜15:30

場 所: 行田市教育文化センター学習室(2階)

題 名: 「埼玉古墳群と東関東の古墳文化」

講 師: 田中 裕 氏(茨城大学人文学部教授)

費 用:  無料

募集人員:70名

申 込: さきたま史跡の博物館 048-559-1181まで

2016/04/04
 
jpg画像 さきたま古墳公園の清掃活動を実施します(img114.jpg) -114- さきたま古墳公園の清掃活動を実施します

さきたま火祭りに先駆け、さきたま古墳公園の清掃活動を行います。皆様のご協力をお願い申し上げます。
 さきたま古墳群の世界遺産運動は、長い道のりと存じますがこの素晴らしい風景を永く引き継げるよう大切にしていきたいと思います。

1 日  時  平成28年4月17日(日)
        午前8時から午前10時まで(雨天決行)
 
2 集合場所  さきたま古墳公園、新レストハウス前
         
3 清掃場所  さきたま古墳公園、周辺   
       
4 主  催  行田商工会議所 世界遺産サポーターの会 

5 問い合わせ 行田商工会議所 
         新井・田口(電話556-4111・FAX556-0059)
         (実施日当日の連絡は携帯 070-1339-8380)


2016/04/04
 
jpg画像 稲荷山古墳の整備工事のお知らせ(img113.jpg) -113- 稲荷山古墳の整備工事のお知らせ

県立さきたま史跡の博物館では、稲荷山古墳の保全の為、老築化したレプリカを撤去して新たな模型を設置します。
そのため、工事の期間中は稲荷山古墳の墳丘は立ち入り禁止となります。

1、立ち入り禁止期間
 平成28年1月18日〜平成29年3月31日(予定)

2、主な工事内容
 昭和58年に設置した礫郭(れきかく)レプリカが老築化し、その地下50pにある本物の礫郭に悪影響を及ぼす
おそれがあるため、撤去し埋戻しを行います。その後、新たに製作した実物大の陶板模型を設置します。
今までのレプリカになかった国宝金錯銘鉄剣などの出土物もわかりやすく表示します.
工事は、文化庁の補助事業として2か年計画で実施する予定です。
※ 陶板とは、耐久性が高く色あせない焼き物の板です。この板を48枚組み合わせ、縦7m×横2mの礫郭を表示します。

3、問い合わせ先
 県立さきたま史跡の博物館 史跡整備担当
               電話048-559-1181

2015/12/21
 
jpg画像 清掃活動を実施しています(img112.jpg) -112- 清掃活動を実施しています

毎年、さきたま古墳群の清掃活動を行います。
ご協力いただける方は、世界遺産ブースにお集まりください。

        記

1 日  時   平成26年5月4日(日)
         さきたま火祭りの当日
         午前10時30分〜11時
 

2 集合場所   さきたま古墳公園内
         さきたま火祭り・世界遺産PRブースの前
        

3 清掃場所   さきたま古墳公園内   
       
        

  主  催    さきたま火祭り実行委員会
          行田商工会議所
          世界遺産サポーターの会 

2014/02/14
 
jpg画像 世界遺産関連講座 「埴輪から見た埼玉古墳群」(img111.jpg) -111- 世界遺産関連講座 「埴輪から見た埼玉古墳群」

  
講 座: 世界遺産関連
題 名:「埴輪から見た埼玉古墳群」
講 師:東京学芸大学 准教授 日高 慎 氏

1 日 時:平成26年5月4日(日)
      さきたま火祭りの当日
      午後1時30分〜3時30分
         
2 場 所:さきたま史跡の博物館

募集人員:70名


費 用:さきたま史跡の博物館入館料

お申込み:2ヶ月前より
     電話048−559−1181まで

※写真は、稲荷山古墳出土武人埴輪
 写真提供:埼玉県立さきたま史跡の博物館

2014/02/14
 
null画像 NHKBSにて「金錯銘鉄剣」の事が放送されます。(なし) -110- NHKBSにて「金錯銘鉄剣」の事が放送されます。

NHKBSにて「金錯銘鉄剣」の事が放送されます。
放送日 7月18日(木)20:00〜

参考ホームページ

2013/07/16
 
jpg画像 世界遺産関連講座「はにわ人の誕生」(img109.jpg) -109- 世界遺産関連講座「はにわ人の誕生」

 毎年、5月4日を世界遺産のPR活動の日として
位置づけ勉強会を開催します。

日 時  5月4日(土) 午後1時30分〜3時30分
場 所  さきたま史跡の博物館 講堂
題 名  はにわ人の誕生
講 師  塚田良道氏(大正大学教授) 
費 用  入館料
募集人員 70名
申  込: 048-559-1181まで

埼玉古墳群では多くの埴輪が見つかっているが、
埼玉県は全国もトップクラスの埴輪出土数を誇る。
「踊る埴輪」をはじめ、いろいろな姿の人物埴輪が
どのようにして生まれ、埼玉の地で展開したのか、
その歴史について解説する。

2013/04/12
 
jpg画像 清掃活動を実施しています(img108.jpg) -108- 清掃活動を実施しています

 毎年、さきたま古墳群の清掃活動を行います。
ご協力いただける方は、世界遺産ブースにお集まりください。
1 日  時   平成25年5月4日(土・祝)
          さきたま火祭りの当日
          午前10時〜11時
 

2 集合場所  さきたま古墳公園内
          さきたま火祭り・世界遺産PRブースの前
        

3 清掃場所  さきたま古墳公園内   
       
        

  主  催    さきたま火祭り実行委員会
          行田商工会議所
          世界遺産サポーターの会 


2013/04/10
 
jpg画像 鉄砲山古墳から鉄砲玉が出土!(img107.jpg) -107- 鉄砲山古墳から鉄砲玉が出土!


忍藩の砲術演習場「角場」発見される!

さきたま史跡の博物館では、さきたま古墳群の保存整備事業を進めています。
その中で現在行われている、鉄砲山古墳の発掘において古墳の墳丘を削り込んだ
入り江のようなへこみと、盛り土が認められここから、火縄銃や大筒の玉・西洋銃の玉が
150点も出土されました。
ここは、射撃の的になる「安土」と射撃の命中を確認する「矢見塚」で
あることがわかりました。
江戸の幕末ごろ、ペリー艦隊が来航するなど海防の緊張が高まる中で忍藩は、品川沖台場
(第三台場)の警備を担当します。
当時の絵巻に描かれた砲術訓練の場が、鉄砲山古墳に向けた射撃でないかといわれてきました。
今回の発見は、鉄砲山古墳の名の由来を実証できる形になりました。
現在、さきたま史跡の博物館では、出土した各種の弾丸を展示しています。(写真・ケース)

鉄砲山古墳は、これ以前までは「お風呂山」と呼ばれていたと文書にあり、
すぐ近くの浅間神社(浅間塚古墳)の浅間信仰と関係あるようです。

2012/11/27
 
jpg画像 さきたま講座 学芸員の視点C(img106.jpg) -106- さきたま講座 学芸員の視点C

題 名:奥の山古墳調査でわかったこと

講 師:佐藤康二氏(さきたま史跡の博物館)

内 容:発掘調査で分かった最新情報から、奥の山古墳を分析する。


日 時:9月8日(土)13:30より

場 所:さきたま史跡の博物館

費 用:さきたま史跡の博物館入館料

募集人員:70名

申 込:048-559-1181まで

北鴻巣(きたこうのす)駅から武蔵水路(むさしすいろ)に沿って、「さきたま緑道(りょくどう)」を歩いてくると、最初に見えてくる古墳が奥の山古墳です。

埼玉(さきたま)古墳群の多くの古墳が大字埼玉に分布していますが、奥の山古墳や中の山古墳は大字渡柳(わたりやなぎ)にあります。

渡柳地区にある古墳は、東から戸場口山(とばくちやま)古墳・中の山古墳・奥の山古墳と並び、一番奥にあることからこの名前が付けられました。
1968(昭43)年に周堀(しゅうぼり)の一部の発掘調査が行なわれ、埼玉古墳群では唯一、一重で盾形(たてがた)周堀と考えられていましたが、2007(平19)年度から2009(21)年度まで行った発掘調査で、台形で二重周堀の前方後円墳であることや、墳丘の全長がこれまで考えられていた長さより4m短い66mであることが分かりました。
 また、周堀については埋まっていた土を分析したところ、水のない空堀(からぼり)であったことも分かりました。現在はその成果をもとに、平成21年度から3年計画で復原整備を行っています。
(写真は、発掘調査以前のものです。)





2012/08/10
 
jpg画像 さきたま古墳群の駐車場(img105.jpg) -105- さきたま古墳群の駐車場

 今日も、大型バスが駐車しています。

東京の小学校です。遠足でしょうか?

ノートを持った子供達が、元気よく降り立ちました。

皆さん、梅雨晴れの清清しい緑の中、さきたま古墳群は、どんな印象ですか?

2012/06/29
 
jpg画像 さきたま講座・世界遺産関連2(img104.jpg) -104- さきたま講座・世界遺産関連2

  
講 座: 世界遺産関連2

題 名: 世界遺産をめぐる諸問題

講 師: 稲葉信子氏(筑波大学教授)

内 容: 世界遺産にかかわる現状と問題点を探る。

日 時: 8月11日(土)13:30より

場 所: さきたま史跡の博物館
 
費 用:  さきたま史跡の博物館入館料

募集人員:70名

申 込: 048-559-1181まで

2012/06/29
 
jpg画像 さきたま講座 「古墳へと運ばれた石」(img103.jpg) -103- さきたま講座 「古墳へと運ばれた石」

 6月16日(土)、学芸員の視点Aが行われました。
   題名:古墳へと運ばれた石
   講師:栗島義明(さきたま史跡の博物館職員)

当日は満席の中、ゆっくりした語りで解りやすい説明を受けました。
ここでは、その講座の一部をご紹介します。

1、・・埼玉古墳群やその周辺の石材の産地・・
「関東の石舞台」と呼ばれる八幡山古墳の巨大な石室の石材

◎緑泥片岩・・・天井石などに使用され、縦に剥がれる秩父地方の石
       荒川中流の河床探査を実施し、7箇所ほどの産地を確認。
       しかし、良質の物は2箇所のみであった。
◎角閃石安山岩・・・群馬県側に産出する白色の軽石(榛名山/赤城山の噴出物)
       古墳時代後期、利根川水系の古墳に多く使用された。
◎凝灰岩・・・周辺では、大里・比企地方で産出する軟らかい白色の石。
       旧江南町から嵐山町にかけての丘陵に分布。

◎房州石・・・将軍山古墳に使用された、「房州石」は千葉県の富津海岸周辺より運ばれた。
       鋸山系のこの石は、穿孔貝の巣穴の付いた凝灰岩。

これらの石材産地は、さきたまの豪族が政治的・経済的に掌握していた
地域又は、友好的な地域と思われる。

写真は、鉄砲山古墳出土の石材を手に見る出席者。
3種類の石材は、@緑泥片岩、A紅レン片岩(上長瀞付近で見られる)、B角閃石安山岩

 






2012/06/22
 
jpg画像 さきたま講座 学芸員の視点B(img102.jpg) -102- さきたま講座 学芸員の視点B

題 名:埼玉古墳群の始祖ハテヒ一族の盛衰

講 師:中村倉司氏(嵐山史跡の博物館)

内 容:鉄剣銘文にある乎獲居の系譜を、埼玉古墳群との対比で探る

日 時:7月7日(土)13:30より

場 所:さきたま史跡の博物館

費 用:さきたま史跡の博物館入館料

募集人員:70名

申 込:048-559-1181まで




2012/06/15
 
jpg画像 埼玉古墳公園に新しい広場!(img101.jpg) -101- 埼玉古墳公園に新しい広場!

 古墳公園の北西側(武蔵水路側)に、新しく古墳時代の草木が植えられた広場ができます。(写真、奥は、丸墓山古墳)
 これは、奥の山古墳や鉄砲山古墳の周堀発掘から得られた「花粉化石」から古墳時代の植生が解って来ました。その中で「おみなえし」や「ノカンゾウ」などが植えられます。
 
 又、べにばなや藍も植えられましたので、古墳散策の際にはご覧になってください。


2012/06/01
 
jpg画像 さきたま講座、学芸員の視点(img100.jpg) -100- さきたま講座、学芸員の視点

講  座: 「古墳へと運ばれた石」

内  容:埼玉古墳群の北にある関東の石舞台と呼ばれる
    八幡山古墳に残された巨大な石室の石が、
    どのように運ばれ加工されたのかその背景を考える


講  師:栗島義明 氏

日  時:6月16日(土) 午後1時30分〜

場  所:さきたま史跡の博物館

募集人員:70名

費  用:さきたま史跡の博物館入館料

お申込み:電話048−559−1181まで






2012/05/25
 
jpg画像 清掃活動のお知らせ(img99.jpg) -99- 清掃活動のお知らせ

1 日  時   平成24年5月4日(金・祝)
          さきたま火祭りの当日
          午前10時30分〜11時
 

2 集合場所  さきたま古墳公園内
          さきたま火祭り・世界遺産PRブースの前
        

3 清掃場所  さきたま古墳公園内   
       
        

  主  催    さきたま火祭り実行委員会
          行田商工会議所
          世界遺産サポーターの会 



2012/04/19
 
jpg画像 3、戦後の保存運動(img98.jpg) -98- 3、戦後の保存運動

3、戦後の保存運動

 昭和25年瓦塚古墳の墳丘が、開墾耕作される。
 これを契機に「埼玉村史跡古墳群保存会」が
「埼玉村文化財保護会」となり保存運動が展開されます。
              
しかし、多くの古墳が民有地で保存に限界

買い上げて、村有にするために埼玉県に陳情書(昭和26年)

愛宕山古墳・二子山古墳・塁跡(石田堤)・中の山古墳
奥の山古墳公有地化(昭和二七年)
鉄砲山古墳(昭和41年)・瓦塚古墳(昭和43年)公有地化

* 昭和42年から「さきたま風土記の丘の整備事業」を開始、
昭和43年に稲荷山古墳の発掘調査が行われます。



○注この記載は、西口氏の講座資料を基に加筆・1部表現に同氏の了解の上変更があります



2012/03/30
 
jpg画像 埼玉村史蹟古墳群保存会の誕生(img97.jpg) -97- 埼玉村史蹟古墳群保存会の誕生

昭和14年に9基の古墳の国指定史跡を記念して、村に保存会ができ記念碑が造られます。
これが、丸墓山古墳の麓(写真)に建っている石碑です。

埼玉村古墳群
武蔵北部は、隣国上野と共に古墳の遺存殊(こと)に多く 夙(つと)に人煙稠密文運(ちゅうみつぶんうん)の発達熾(さかん)なるを察せしむ(見て取れる)
本村は、実に其中枢を占めて 埼玉郡名の基づく所 県名また此所に由来し、百を以って算する大小の古墳累々起伏するもの 故(ゆえ)なきに非(あら)ず。 
昭和十三年八月特に顕著なる丸墓山、二子山等の九基は、埼玉村古墳群として文部大臣より史蹟の指定を受けしが、古墳群の指定は僅かに九州の一例のみにして、未だ他に見ざる所なり 丸墓山は、規模壮大の古墳として希有(けう)のものに属し、
天正十八年豊臣氏の小田原征討の際、 武将石田三成陣営を設けて 忍城攻略を計ると伝えられ、今回保存の実を、全(まっと)うせん為め 挙村の協力により、指定地域を村有と為すに当たり 建碑の議あり。
 本史跡の指定に関すること前後久しき故を以って、 予(私)に其記を嘱せらるのち一言を此処 叙す。   昭和十四年十月 柴田常惠篆並撰 稲村坦元書
裏面には、・・・・・
飯塚長次以下三五名の名簿と皇記二千六百年(昭和15年)二月十一日建立 埼玉村
と刻まれています。


柴田常恵氏(1877〜1954)・・・・明治後半から昭和前期にかけて活躍した考古学・文化財
                保護行政の専門家
稲村坦元氏(1893〜1988)・・・・郷土史家、埼玉県の文化財. 行政にも多大な功績を 残す

つと夙に・・・・古くに(早い時代)
ちゅうみつ稠密・・・一つのところに多く集まっていること
ぶんうん文運・・・文明が発展しようとする気運
人煙・・・・かまどの煙 (人の住んでる様子)       
さん算する・・・数える
九州の一例・…宮崎県西都原古墳群






2012/03/30
 
jpg画像 2、本指定に向けて(img96.jpg) -96- 2、本指定に向けて


昭和11年に開催された、埼玉県史蹟名勝天然記念物調査会では

(7)「国家的保存価値アルモノト認メ其筋ニ指定調査ヲ要求スヘキモノ」として、
三古墳を含め、埼玉村地域のすべての古墳を国指定史蹟にして保存すべきと決定します。

 埼玉県は、昭和11年に国史跡指定の申請を文部大臣に行います。
(8)「埼玉村古墳群ハ、(中略)国家的保存価値 アルモノト 認定致候ニ 
付テハ史蹟トシテ 指定調査 相仰度(あいおおせたく) 別紙調書相添へ 此段及稟請候也」
この申請を受けて文部省は、昭和12年に古墳実地調査を実施します。

国指定史蹟埼玉村古墳群
昭和13年8月8日付け『官報3479號』に埼玉村古墳群9基の国指定史蹟の告示がされました。

次頁・・・・埼玉村史蹟古墳群保存会の誕生

2012/03/30